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かるたる!〜競技かるた日記〜

日常系競技かるたブログです。

声に無頓着

人に感心してないで自分もやれよって事で・・・
最近になって気付いた事があります。
ものすごく今更の感が否めない事なんですが、


もしかして私

大きい声出すの

ヘタじゃね?


中には「え?」と思う人がいるかもしれませんが、自分で思いました。
ハッキリ下手だと言えます。今頃になって気付きました。

と、いうのは。
ちょっと詠む場所が広いと、当然遠くまで響かせたいから声のボリューム増やして詠まなければいけないこともあるんですが、よく言われる「ちょっとリキみすぎだよね」

どっちかと言うと声は出る方です。
黙っててもある程度出る方だからあんまり考えて声を出していないのです。
でも本当は「声を大きく出すこと」についてはあんまり上手じゃない。
本人は「出る」と思っているけど、その場に合わせようとすると、対応するだけの技量が追い付いてないから無理をする。つまり「リキんで発声してしまう」ワケで、それはもう頭の血管切れるんじゃないかってくらい頑張ってたりして、まるで親の仇でも討つかのような勢いになるんですよ。

リキんでるから体力も持たないし、当然それだとノドも痛くなります。
元々、放送部なんかで発声練習やってたじゃん?なんで?と思うんですが、良く考えたら放送部はあんまり大きい声出す必要がありませんでした。マイクあるから大きい声出さなくてもとりあえず「通る声」を出してれば問題なかったワケですよ。


先日の専任読手の詠みを思い返せば、すごい声量なのに声にリキみは無いわけで(だから専任読手なんだって分かってますけどね)

聞こえる声はとてもクリアーです。
声を出す過程でどこかに(無駄な)リキみがあると、声はキレイに通らない。正しい発声をしなければいけないのです。


リキんでる事で無駄に体力も息も使っちゃうし、だから息も続かないし、詠みも早くなるし、いいことが何もないっていう。実際、下の句が終わった時に必要以上に息を吸うし、上の句の残り2文字くらいで力尽きてるということは、よくあるのです(息の吸いすぎもまた、1音目の強さに繋がっていると思われる)

「強い声を出すこと」と「強く力を入れること」は別なのですが、自分の声に無頓着だから、考えもなしに出してたんでしょう。

これがもし声量のない人だったら「どうしたら声が出せるか」というふうに工夫することを考えるはず。有るものだと勝手に思って甘えていたんだなぁ、ということにようやく気が付きました(今頃かい)


自己の鍛練とかるた環境をより良くしていくためにも、ちょっとずつ色々なことを頑張り始めている亮さんなのでありました。